人のせいにすることは降参すること

わたし

今日もこの星のどこかで生きている愛しのみなさま

本日もお越しいただきありがとうございます。

私が勝手にヨーガの師匠と思っている方がいます。30歳の頃に出会った大好きな私がとても尊敬している先生です。その先生に最初にヨーガを習ったのは妊娠中でした。ヨーガの哲学的なこともたくさん教えてくださり、それからの私の人生で、ずっと大切にしてきた言葉や、どんな時も忘れない言葉がいくつかあります。その一つに「人のせいにできることは一つもない」という言葉があります。

当時、それを聞いた私は、すでにそれを心がけていたので、「やっぱりそうだ」と思ったことを覚えています。そして、それを師匠に教えてもらった後も、ずっとどんな時も忘れないようにしてきました。そうしなければならない!と思ってきたわけではなく、それはそうだと素直に思えたので自然と習慣としてきました。(私はとても素直なので!)どんなことも、自分が選んだことだから。自分が撒いた種で、今があるから。生まれてくるところも自分で選んできてるということもその時教えてもらいました。今の状態は、全部自分が決めているということを思って、それ以来生きてきました。

でも、最近、ふと思ったことがあるんです。

自分ではなく、人のせいにするということは、自分にはどうすることもできないと、自らが決めているってことだなあと。自分でやろうとしない、できると思ってない、だから人のせいにするんだなあと。自分でどうにかできる、しよう、と思っていたら、人のせいにはしないと思うんですね。

人のせいにできることは何ひとつない、ということは、言い換えれば、全て自分次第、ということだと思ったんです。今思えば、すごく当たり前なんですが。

だから、人のせいにするとき、自分ではやらないってことを宣言してしまってるようなもの、降参してるようなものなんだと思うんです。自信がないのかもしれない。できないと思っている自分がいるんですね、きっと。他人に頼るしかないと思いこんでいる。

自分でどうすることもしないのなら、それはどうやったって、変わらない。ずっと文句を言い続けることになる。

どんな時も、自分で選べるんですよね、どうするかは。全ては自分次第。

15年経って、より深く、腑に落ちた土用の日でした。

うなぎ食べたいなあ。皆さんも暑さ負けず無理せず、夏を楽しみましょうね〜。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

ではまた!!

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