心配性の人

わたし

今日もこの星のどこかで生きている愛しいみなさま

本日もお越しいただきありがとうございます。

前回の「不安は無くならない」の続き(前回記事)です。

実は、私は何年か前まですごい苦手な人がいたんです。
その人は、いつ会っても心配ばかりしているんですね。
私は楽天的な方だと思いますが、
心配事だってあるし、心配性は分かります。
だけど、何が苦手だったかというと、
私の中に心配事を見つけてくること、
だったんです。

これはどうなった?
これはうまくいってるの?
大丈夫なの?
と、私自身が何も心配していないことを
心配してくることが、とても重かった。

「心配することが愛情」
という方がいることも分かります。
その逆で、
されることで愛情を感じる人もいるでしょう。

だけど、私は違うんですね。
逆に心配されると、信用されてないように感じる。
だから苦しかったんですね。
(今は克服して苦しくない)

そして、長いこと悩んで、
自分の中に、
「私は相手と同じ気持ちになってあげないといけない」
という思い込みがあったから苦しかったんだ、
とわかって、
それは無理な話(そりゃ苦しいわ)と納得して、
合わせようとすることをやめたので、
今ではしんどくなくなりました。
「私は何も心配してないよ」と
言えるようになったし、
相手も愛情で言ってくれてると
思うようにしています。

ただ、こんな風に、
心配って絶対にあるし、
簡単に見つかるものだから、
人の中にも、自分の中にも、
とても見つけやすい。
だから、利用できてしまう時もあるなあって、
最近は思っているんですね。

悩みや違和感やモヤモヤの
奥に隠れている場合もあるけど、
その逆で、
不安で隠れているものもあるなあって、
思うんですよね。

前回記事では、
「私は本当はこうしたい(でも不安)」っていう
本音が隠れていたし、
大抵、不安がわかっていても、
「その不安がもしなかったら?」って考えた時、
見えてくるものが必ずあるんですよね〜。

ということは、
本音を隠すために使うこともできるよなあと。
陰と陽で、反対のものは必ずあるから、
不安ばかりに目を向けてることで、
見えてない(みなくていい)ものもある。
そんなふうになってないかな、って
見ていくことも必要だなって思ったんです。

心配ばっかりしている人に、
合わせるのはしんどいと思っていたけど、
同時に、
そういう人はそれが好きでやってる、
自分で選んでやってる、
メリットあるからやってる、
ってことも気がついて、
私がそれに合わせる必要も、
どうにかしてあげる必要もないとわかって
すごく楽になったんですね。

だから、
みんな好きにしたらいい、
といつもの結論に至るんですが、笑

一つ思うのは、
心配って、無くならないし、
いくらでも出てくるから、
そればっかり見ていたら、
それ見るだけで人生終わるなってこと。
(不安に埋もれていたい人は、そうしてたらいい)

だから、
本当はどうしたい?
に目を向けて、
不安も一緒に連れていく、
ってことを決めて(諦めて)
進んでいくしかないんだろうなって、
思います。

焦らなくてもいいし、
それができる時が来たらでいいけど、
不安で本音を隠していたら、
それはいつまでもできないから、
やっぱり、

本音を見ていこう!

今日も、小さなのでいいから、
本音を見つけていこう。

絶対に、自分が喜ぶから。
やってみてくださいね。

今日も最後まで読んでくださり、
ありがとうございました。

ではまた♡







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