神々のいない時代

わたし

今日もこの星のどこかで生きている愛しいみなさま

本日もお越しいただきありがとうございます。

実は。9月から学び始めたことがあるんです。
誰に何を言われても、お金にならなくても、
自分にやらせてあげないと絶対後悔すると思って
以前からやりたかったことを始めました。
習い事みたいな感じ。

アーユルヴェーダの基礎講座なんですけど、
これまでなんだかんだずっと続けてきて、
どうしても好きなんですね、私は、ヨーガが。
でも、続ける中で違和感があったこともあって、
それを解決してくれた方の講座なので、
知りたいところが知れて、本当に楽しいのです。

まだ始まったばっかりなんですが、
グサっと刺さった言葉があって、先日ちょっと震えてしまいました。

紀元前とか、とにかくとても古い時代のヴェーダという経典があって、
その中にあるのがアーユルヴェーダ、になるのですが、
その経典では、時代は
神々の時代と神々が居なくなった時代、
というふうに分けられていて、
今は神々が居なくなった時代なんですね。
これは、以前にも瞑想の勉強をした時に習ったことがあって、
神々が居なくなった時代の人々は、
経典の理解も難しく、肉体や外見や富、物質的なこと、人間関係などで
頭がいっぱいなんだ、と習って、
なんだかとっても大変な時代に生きているんだ、と思ったことを覚えています。

で、話を元に戻すと、
先日の最初の講座での中で、

でも、神々の時代が何も問題がなかったかというとそうではなくて、
神々もトラブルがあってこそ、そこで知恵を獲得して行った。

という言葉を聞いて、ズドーンとなったんですね。
そうかあ、そうだよなあ〜と。

どんな時代でも、
問題がない時は無くて、
問題があったから、全てのものは進化してきたし、
それを解決しようとしたから知恵が生まれて、
それが今の全てを作っているんだなあって、
なんか当たり前だけど、ズドーンとなってしまったんです。

いろんな問題を先人が体験して、
だからこそ知恵となって、今それを私たちも受け継いで、
私たちも日々問題にぶつかって、解決しようとして、
また知恵が生まれてる。

なんか、生きるってそういうことだよなあ、って。
みんな、すごいなあって。笑
やっぱり生きてるだけで、すごいなあって。

だから、問題なんか無いんじゃないかと思ったんですね。
問題と思われることは無くならないし、
むしろあるから進化できるわけで、
問題を問題としてただ騒いだり、
必要以上に避けたり、文句言うだけして過ごすのって、
なんか違うなあ、って、
弱いなあって、思ったんですね。

信仰もないし、神とかよくわからなけど、
神々も悩んでたんだ〜!と思ったら、
なんかちょっと嬉しくなったというか、急に親近感が湧いてきて。

みんな、きっと問題と向き合う力を持ってるし、
なんだったら、問題があったから今までこうやって生きてこられたし、
進化してこれたんだなあと思ったんです。

だからね、
問題が全くないことがいいわけじゃなくて、
すぐには歓迎できなくても、
問題が起きたら、いろんなこと感じて、悩んだり、思いついたりして、
それでいいんだし、
そうやっていろんなことを気づくためのものだと思えば、
何も問題ではなくなるのだろうなって。

あるのが普通。

問題から目を背けたり、なかったことにしたり、
ただ邪魔なものとして扱えば、
それは問題のままだし、解決もしないし、
きっと繰り返すんだろうと思うんです。
(それでもいいんですけどね、そこからまた気づがあるから。)

でも、私は、
逃げるんじゃなくて、
問題をも包み込めるようおおらかに?生きていきたいなあと、
そんなふうに思いました。

それがあるからより良い方向に行けるんだし、
より良い方向への道には、問題は必ずあるものだろうしね。

そんな風に考えたら、ちょっと楽になりませんか?

この講座が今後も楽しみな私です。
またシェアできることがあったらしますね!

みんな今日も進化してます。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

ではまた^_^

#アーユルヴェーダ #ヨーグ








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